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©2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』:ワルシャワ動物園の知られざる実話

人間は危機に瀕したときほど品性が見えるものだ。自らの命の危険を顧みず、他人の命を救おうとする行為はとりわけ廉潔で称賛に値する。ポーランドに関わる人物では、オスカー・シンドラーや杉原千畝が思い浮かぶ。正義感、人道意識、人類愛など彼らの行為を表現できる言葉はいくらでも浮かぶが、きっともっとも深いところで彼らに共通しているのは、共感力だろう。きっと、世界各地で分断や対立が激化する今の時代に最も必要なのは、自分と全く違う考え、異なる文化背景を持つ人の気持ちを想像することなのだ。

 ゲットーから約300名もの命を救い、ワルシャワ動物園に匿う

実は、ドイツ占領下のワルシャワにも、勇気ある行動で多くの人命を救った人々がいたという。映画『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』は、第二次世界大戦中にゲットーから約300人を救い出し、自らの敷地であるワルシャワ動物園内に匿っていたというヤンとアントニーナのジャピンスカ夫婦の実話がベースになっている。

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主演のジェシカ・チャステインは「アントニーナはありきたりの女性だった。でも、彼女は人の予想を超えて、見知らぬ人達に扉を開けた」と語っているが、そこにこそ本作が紡ぎ出す大きな希望がある。彼女たちが行ったことは誰にでもできることではない。だが、心に従い行動することができる人は確かにいるということを感じさせてくれるのだ。世界は今、とても混乱している。だが、それでもこの世の中は捨てたものじゃないと気づかせるメッセージが感じられるのだ。

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もちろん戦時中の物語だけに、人間が犯す大きな罪を示唆する表現もある。ただそれ以上に、人が危機的状況においても、見ず知らずの他人に対してさえ、勇敢で、愛情深くいられるかを強調しているところが印象的だ。人が人の命を奪う狂気があふれるさなかですら、自己を失わず凛と生きた人間たちの姿を見ていると、人を人たらしめているもの、そしてそれが放つ確かな光を感じることができる。

 愛・思いやり・他者への共感を力にして平和的に戦う女性たち

そして、本作には大きな意義がもうひとつ。それは女性たちの強さ、勇気、愛を描いていることだ。これは、一人の女性の成長物語でもある。何事もなかった時には、夫に従うことで何不自由なく暮らしてきた妻が、自らの強い意志で決断する必要に迫られることで、人間としての強さを花開かせていくのだ。舞台となった1930年代当時は、女性の地位は決して高くはなかった。そんな時代にも力を発揮した女性がいることは、現代においてもなお差別や虐待で不自由な思いをしている人々への力強いメッセージとなるだろう。

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この映画が生まれたハリウッドは今、セクシャル・ハラスメント問題に揺れている。これまで重大な問題を見て見ぬふりをしてきた代償は大きく、アメリカ全土を巻き込み、今や世界に影響が広がりつつある。被害者たちが団結し声を上げることを可能にしたのは、「#MeToo」のムーブメントでも知られるようにSNSだ。男性たち、権力者たちの多くが暴力で人をねじ伏せてきたのに対し、女性を主とする被害者たちは言葉と団結、他者への共感を力にして平和的に戦いを始めた。この映画ではアントニーナが、女性には女性ならではの戦い方があるということを教えてくれている。それは誰もが、自分らしく強くなることはできると教えてくれており、まさに今日にも繫がる普遍的なテーマなのだ。ジェシカはこうも言っている。「彼女は愛と思いやりをツールにして戦ったの」。命を生み出す性である女性ならではの母性的発想が、この世界には必要なのかもしれない。

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先日、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロがインタビューでこう語っていた。「小説とは、感情を共有することだ」と。きっと、映画も同じ力を持っている。本作を観ていると、そう確信することができる。そして、私たちはどこまで他者を思いやる気持ちを持てるのだろうかと。それを探るためにも、アントニーナが導く“共感”と“愛”の旅へ、あなたも出てかけてみてはいかがだろうか。text : June Makiguchi

:牧口じゅん(June Makiguchi)
映画ライター。共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。ファッションや食、旅、音楽などライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌、WEBマガジンにて執筆中。

『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』
http://zookeepers-wife.jp/
2017年12月15日(金)より、TOHO シネマズ みゆき座ほかにて公開
監督:ニキ・カーロ
脚本:アンジェラ・ワークマン
出演:ジェシカ・チャステイン、ヨハン・ヘルデンベルグ、マイケル・マケルハットン、ダニエル・ブリュール
原題:The Zookeeper’s Wife

:ヤンとアントニーナのジャピンスカ夫婦が暮らした家(ヴィラ ジャピンスキ Willa Żabińskich)は現在でもワルシャワ動物園の敷地にあり、博物館として公開されている。通常は予約してガイド付きで見学が可能。毎月第一日曜の11時と13時は予約なしで訪問することができる。詳細は、ワルシャワ動物園の公式サイト内(英語あり)のTHE VILLAへ http://zoo.waw.pl/en/


11minutes main

Interview:『イレブン・ミニッツ』イエジー・スコリモフスキ(Jerzy Skolimowski)監督

役を得るためにセクハラまがいの監督に会いに行く女優と、彼女を引き留める嫉妬深い夫。若い娘を相手に問題を起こし、刑務所から出所したばかりの父親と、結婚間近の薬物中毒の息子。質屋強盗をもくろみ、失敗した少年。川沿いで絵を描く老人。その多くが空に目撃した、謎の黒い点の正体は……。 続きを読む


© 2015 Laokoon Filmgroup

『サウルの息子』:決して逃げられないアウシュヴィッツの狂気

ナチスドイツの収容所には、囚人によって構成される「ゾンダーコマンド」という特殊任務の部隊があった。他の囚人と引き離され、限られた範囲内での行動の自由も許されていた彼らの役目は、移送されてきたユダヤ人たちを安心してガス室に送り込むこと。 続きを読む


イマジン メイン

『イマジン』:目をつむり耳をすませば、見えてくる別の世界

映画の最初は、闇の中にぼやーっと白いものが見えるだけ。聞こえるのは小鳥の声と犬の荒い息。近くに道路では車が行き交う音もする。やがてピントが合ってくる。そこは白い壁に囲まれた中庭で、黒いドアの隙間に犬が鼻を突っ込んでくんくん嗅いでいる。現れた管理人がドアを開けると、サングラスをかけた若い男。「ノックをすればいいのに」と言われると、彼は盲目なのに「誰もいなかったから」と少し得意げに言う。この物語の主人公・イアンである。

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Interview :『パプーシャの黒い瞳』ヨアンナ・コス=クラウゼ(Joanna Kos-Krauze)監督

書き文字を持たないジプシー社会に生まれ、詩を書くことですべてを失ったパプーシャ。ポーランドで知られるジプシーとして初の女性詩人の波乱の生涯を描いた『パプーシャの黒い瞳』が描く、激動の時代の中で翻弄され、失われていったジプシー文化とは?

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偶然(C)DR-MK2

ポーランド映画の過去・現在・未来。「ポーランド映画祭2014」開催!

アンジェイ・ワイダや、ロマン・ポランスキー、クシシュトフ・キェシロフスキなど、映画界において独特の才能を生み出してきたポーランド。そんな「ポーランド映画」の傑作や隠れた名作を紹介してきた「ポーランド映画祭」が、今年も開催される。

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イーダサブ3

『イーダ』:ポーランドの歴史に翻弄された少女が、自分を取り戻すまで

ワルシャワのフリーマーケットには、第二次世界大戦当時の軍放出品が多く見られる。マニア垂涎の軍服やらブーツやら階級章やら拳銃やらは、ほぼすべてがナチスドイツかスターリン時代のロシアのもの。犬猿の仲だった両軍が同じ台の上に並ぶ様は笑いを誘うが、同時にこの国が両軍に占領された場所であることも思い起こさせる。

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WALESA01

A・ワイダ最新作『ワレサ 連帯の男』

ポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダの新作『ワレサ 連帯の男』が日本全国で公開中だ。ソ連による共産主義支配の下、労働組合「連帯」を率いてポーランドの民主化を実現したレフ・ワレサ。一介の電気技師だった彼が、いかにして反体制の旗を掲げ、民衆の心を掴んでいったのか。彼の激動の半生を、家族との日々を通じて描く。

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