イーダサブ3

『イーダ』:ポーランドの歴史に翻弄された少女が、自分を取り戻すまで

ワルシャワのフリーマーケットには、第二次世界大戦当時の軍放出品が多く見られる。マニア垂涎の軍服やらブーツやら階級章やら拳銃やらは、ほぼすべてがナチスドイツかスターリン時代のロシアのもの。犬猿の仲だった両軍が同じ台の上に並ぶ様は笑いを誘うが、同時にこの国が両軍に占領された場所であることも思い起こさせる。

特に第二次世界大戦当時、ヨーロッパで最も多いユダヤ人を抱えていたカトリックの国、ポーランドの現代史は、政治と民族と宗教が複雑に絡み合ってややこしい。例えば大戦中にナチスドイツに占領されたのをいいことに、「これからはユダヤ人を自由に殺せる」と考えたポーランド人も多かったらしい。かろうじて生き延びた子供は、ユダヤ人であることを隠してカトリック教会で育てられることもあった。一方生き延びた大人の中には、ソ連の影響下になった戦後、スターリン化した共産主義政権の熱烈な支持者として権力側に立ち、反ユダヤ的なポーランド人を糾弾し苛烈に罰したという。映画『イーダ』の主人公の少女イーダは前者で、彼女の叔母は後者、「血のヴァンダ」と恐れられる検事である。

物語は修道院育ちのイーダがカトリックの修道女としての誓いを立てる前に、叔母ヴァンダを訪ねることから始まる。ふたりがある部分で共通するのは、自身の立ち位置が揺らいでいることだ。イーダは、ヴァンダに会って初めて自分が(カトリックと相対するユダヤ教を民族宗教とする)ユダヤ人だと知り、また世俗の世界の喜びを知り、修道院での生活に違和感を感じ始める。

一方、若く美しいイーダに「楽しみを知らずに誓いを立てるなんて」と言いながら酒と男に溺れるヴァンダは、実のところまったく楽しそうには見えない。自身の家族に起きた民族の悲劇に苦しみ、正義と信じて報復した彼女は、スターリンの死によって訪れた雪解けムードの中で自身の信義を失ってしまったのだ。イーダの両親の墓を探すふたりの旅には、人間は「何によって立つのか」を考えさせられる。寝物語で未来を語る男にイーダは何度も尋ねる。旅行に行こう。それから? 結婚して、子供を作ろう。それから? 男は答えに窮してしまう。無邪気に何かに頼りすがっているうちは、人はどこにも行き着けない。

結局のところ、あなたは何者かと問われた時に、自分を表せるのは名前しかないのかもしれない。民族や宗教や国籍や政治信条など、自分の中の様々な属性が持つイメージは、時に矛盾して自身を苦しめる。だがその矛盾をもってして自分なのだと思える気持ちが、イーダを前へと進ませる。

ちなみに「イーダ」はそれだけでユダヤ人と分かる名前らしい。作品は、その出自を隠すために「アンナ」という名前を与えられていた少女が、自身の名前を取り戻すまでの心の旅を描いている。

text:shiho atsumi

イーダ
監督・脚本:パヴェウ・パブリコフスキ
キャスト:アガタ・クレシャ、アガタ・チュシェブホフスカ
2014年8月2日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
ポーランド・デンマーク合作/上映時間80分
配給:マーメイド・フィルム
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