『イマジン』:目をつむり耳をすませば、見えてくる別の世界

映画の最初は、闇の中にぼやーっと白いものが見えるだけ。聞こえるのは小鳥の声と犬の荒い息。近くに道路では車が行き交う音もする。やがてピントが合ってくる。そこは白い壁に囲まれた中庭で、黒いドアの隙間に犬が鼻を突っ込んでくんくん嗅いでいる。現れた管理人がドアを開けると、サングラスをかけた若い男。「ノックをすればいいのに」と言われると、彼は盲目なのに「誰もいなかったから」と少し得意げに言う。この物語の主人公・イアンである。

『イマジン』Ⓒ ZAiR

視覚障害者のための診療所で、イアンは子供たちに「反響定位」を教えている。音の反響で周囲を認識する方法だ。足音でその人の性別を知り、水音でコップに注がれた水の量がわかる。固い底の靴でわざとパコパコと音を立てて歩くのは、その響きがあれば白杖なしでも道にある障害物や人の存在、曲がり角が分かるからだ。疑う生徒たちは「誰も見てなければ白杖を使うかも」と、廊下に釣糸を張る。盛大にコケたイアンは「盲目なのに、誰も見てないってどうやってわかんだよ!」とキレる。ホントに盲目で義眼なら触らせろと詰め寄られ、ニヤッと笑いどうぞと取り出し手渡して、逆に生徒をビビらせる。全編にクスッと笑ってしまう茶目っ気がある。

『イマジン』Ⓒ ZAiR
『イマジン』Ⓒ ZAiR

施設で隣の部屋に住むエヴァが、そんなイアンに興味を持つ。人目を引く白杖が嫌いで部屋に引きこもっていたエヴァは、イアンを頼りに白杖なしで外に出ようと試みる。車が行き交う道路の横断や、小さな段差や電信柱など、ちょっとした障害物に、見ているこちらはいちいちヒヤヒヤするのだが、周囲のそういう意識がエヴァから楽しみを奪ってきたこともわかる。

石畳でカツカツ鳴らすハイヒール。ワインを楽しむカフェのテラス席。白杖ナシなら「美人だね」とナンパされたりもする。そしてさらにイアンが、「音」からイメージする世界をエヴァに見せていく。ベランダで餌をついばむ小鳥の足音。風にそよぐ並木のサクランボ。港を行くボートのモーター音。教会の鐘の音を反響させる巨大客船。外見抜きならば、女子が好きになる相手は「自分の知らない新しい世界を見せてくれる人」だから、エヴァがイアンを好きになるのは当然の成り行きだろう。

『イマジン』Ⓒ ZAiR
『イマジン』Ⓒ ZAiR

ふたりは「見て」いる風景が、事実かどうか確かめられない。でもそこに、この映画のどこかファンタジックな面白さがある。視力がある人はいつも見えるからこそ、すべてを「いつもの風景」としてしか認識しない。そこから何かを感じとりイメージする楽しさを知らないのだ。ふたりの「見て」いる風景は、実は単なる思い込みかもしれない。でも「なんか想像してたのと違う」とがっかりする瞬間は、幸か不幸かふたりには訪れない。恋にしろ旅にしろ、想像を膨らませることができる瞬間、できる人が、一番楽しいのは間違いないことだ。

アンジェイ・ヤキモフスキ監督 Ⓒ ZAiR
アンジェイ・ヤキモフスキ監督 Ⓒ ZAiR

監督はポーランド人のアンジェイ・ヤキモフスキで、ややこしいのだが舞台はポルトガルである。ポーランド映画には沈黙のイメージがあり、この映画もセリフは決して多くはないのだが、その代わり沈黙の中で聞こえてくる周囲の生活音はとても饒舌。それもまたポーランド的といえるかもしれない。映画なのに目をつぶって「見て」みたくなるのが、なんだか可笑しい。

text:shiho atsumi

イマジン
監督・:アンジェイ・ヤキモフスキ(Andrzrj Jakimowski)
キャスト:エドワード:ホッグ(Edward Hogg)、アレクサンドラ・マリア・ララ(Alexandra Maria Lara)他
4月25日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開後、全国順次公開
配給:マーメイド・フィルム
Ⓒ ZAiR